砂漠の雫
昔から、正体の分からないものが嫌いだった。だからこそ、彼女は学者という職業を選んだわけだし、自分の職業を天職だと思った。
「いつになったら君は美しい表情を見せてくれるんだい?」
髪を撫ぜられぞわりと鳥肌ひとつ、私はこいつが嫌いだと、リズは曖昧な表情を浮かべてそう考えた。目の前にはこの国の国王と呼ばれる若い王の姿、―――金髪で端正な顔立ちに、いつも笑顔を浮かべてはいるが、何を考えているのかが分からない。
だからこそリズはこの男が嫌いだった。
一方でこの城をでないのは、逃げ出すにはあまりにも魅力的すぎる資料がここにはあった。
髪をいじり続ける手をやんわりと放し研究に集中したいからと距離をとって、資料を持ち向かうのはフィガロ城の見張り棟、ここはリズのお気に入りだ。砂漠の空は今日も高く青い、少々暑い気もするがこの晴れやかさに比べれば些細なことだ。
「さあ、やるぞ」
短く発して書籍を開く、お気に入りの場所で真理の解明に明け暮れる、なんと魅力的な時間か。
そうしてあっという間に、一時間、二時間と時間が過ぎ、太陽も真上をとうに超えてしまった。
ふいの風が資料をさらう。
「あ」
反射的に手を伸ばすとぐらりと上体が傾いて、落ちると思った時には地面が見えていた。
「リズ!!」
焦った誰かの声がして―――やめてよ、その声はあの男に似ている。
ぴたりと体が空で止まる。その原因は見なくても分かった。
「なんで」
国王がこんな危険なことしてはだめですよ、とか言いたいことはたくさんあったけれど何も実際には何も言えはしなかった。そんな顔、知らない。
ゆっくりと体が引き上げられ、乱れた息のまま抱きしめられた。
「考えるよりも先に、体が動いていたんだ」
いつもの様に本意の見えない顔で笑っててよ、ねえ。
「ばか。
あんたは国王なんだ」
思わず口をついて出たのは、国王に対するには到底ふさわしくのない言葉なのに、あんたは嬉しそうに笑う。
「それでも、君が怪我をするよりずっといい」
そう言って、漸くのいつもの笑顔。心が、見えない。
風がぐしゃぐしゃにしていった髪を、きれいな髪が乱れてしまっていると、撫でつけられる。「ありがとうございます」そう言って逃げてしまおうかと思ったけれど、助けてもらった身であるし少しくらいいいだろうと思った。
「先ほどのような口調の方が、俺は好きだな」
ああ、やっぱりエドガーは嫌いだ。
(2017/04/17)
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「考えるよりも先に、体が動いていたんだ」
きあさんよりいただきました