彼女―――ジャルクは思った。この世はなんとつまらない事かと。
ジャルク=バロアはベクタと呼ばれている町のその端にあるスラムで生まれた。
「君お母さんは?・・・お父さんもいないの?」
親もなく頼れる人もいない彼女にとって幸いだったのは、物好きな神父の教会に運良く転がり込めたことだ。それは、彼女が八歳の年のことだった。
そして、賢しい子供であったジャルクは、十を数える頃には読み書きを覚えきり、協会を訪れる信者に聖書を読んでやりお布施を得ていた。
日の出と共に起き、部屋を掃除してから朝のミサに参加する。そして、昼は文字の読めない信者の代わりに聖書を読み、夜は神父と祈りを捧げてから眠る。そんな生活を1000回と少し繰り返した時、ふと彼女は思ったのだ―――世界はなんとつまらない事かと。
つまるところ、彼女は神など信じていなかったのである。
「魔導・・・?」
そんな彼女に転機が訪れたのは、彼女の十二の年、帝国の第一次遠征が終わり皇帝ガストラが民衆に演説をした時のことだった。
皇帝が民衆に披露して見せた魔導の力、―――それは、これまで帝国の主力であった機械兵を容易く葬り去ると地面に大穴を開け、民衆を大層恐縮させた。しかし、それを目にしたジャルクは震え上がった民衆の中同じように体を震わせて、上がった口角を隠す為口元に手を当てた。
なんて素晴らしい力なのだろう。
この日から彼女の生活は変化を見せる。まず朝の清掃後に、帝国兵となるための鍛錬の時間が出来た。次に昼間、聖書の傍らに入隊試験用の参考書が置かれる様になった。そして最後は夜遅く、祈りを捧げる際に考えるのは神ではなく魔導のことばかりだった。
そうして彼女の十六の歳、無事に帝国軍へと入隊し魔道研究とその行使を主とする部隊へと配属される事となった。これは、偏にジャルクの努力の賜物と言えるだろう。
そこには確かに喜びがあったと言うのに、―――現在、ジャルクはこの生活にほとほと飽いていた。
「ジャルク」
「なに?」
未だ研究中である魔道の力は、一兵卒には関わることすらできず、兵士としての訓練と研究所の見回りをするだけの日々。
さらに辟易とするのはジャルクを口説く男達の存在だった。鏡を見たことなどなかったジャルクは知らなかったが、少女は自らが思うよりずっと美しかった。
「今度の休暇のご予定は?一緒に食事にでもいきませんか?」
「・・悪いけど予定が入ってるの」
目の前の男も、ジャルクを口説く男のひとりであった。齢はジャルクよりも五つ以上も年上だが、金糸の髪に翡翠の瞳を備え、整った顔をしたその男は、ナルシストさやお世辞にもいいとは言えない性格をふまえても尚女性には困らないであろう人物だった。また、次期将軍とも噂される魔導師候補の一人であると言う肩書きも彼の魅力の一端を担っていたのかもしれない。
しかし、ジャルクにとっては”魔導師候補”という事以外に留意する点のない、どうでもいい部類の男であった―――このケフカ・パラッツォと言う人物は。
「この私が誘っているのに断るのはあなたぐらいですよ」
「そう、でも私
あなたには興味無いの
私が興味あるのは魔導だけ」
クツリと、ケフカが嗤う。
「なら、尚更あなたは私と共に過ごすべきですね」
馬鹿な事を、そう一笑に付したその言葉をジャルクが理解したのはその1ヶ月後の、魔導注入がいよいよ行われるのだと研究所内がにわかに騒がしくなっていた日のことだった。
魔導注入の被検体にケフカが選ばれ、それが成功したのだと伝えられた。
「(ああ、だから)」
それでも彼女の心に浮かんだのはそれだけである。向上心が強い彼は、その力を出世のために使うのだろう、そう考えたからだ。
―――ドン、爆発音が響いた。研究所の置くからであった。
義務的に駆けつけたジャルクの目の前は唐紅、その中心で赤い白衣の男が笑い声を上げていた。
「くだらん、くだらん、くだらーん!」
翡翠色の瞳が三日月になり、白い顔は笑を形作る。顔に跳ねた血液をぬぐった後が、まるで道化の化粧の様にそれを飾って見せた。
ジャルクは自身の知る男が変わり果てた―――魔導の力を得ただけの狂った男を、これまた狂ったことに、美しいと思ってしまった。
ゆっくり、男はジャルクに近づくと、紅い指先で彼女の頬をなぞりお揃いの化粧を施した。
「ねえ、ジャルクちゃん
僕の側にいてよ」
「・・・ええ、喜んで」
(2017/04/17)
はじまり、はじまり。
ジャルク=バロアはベクタと呼ばれている町のその端にあるスラムで生まれた。
「君お母さんは?・・・お父さんもいないの?」
親もなく頼れる人もいない彼女にとって幸いだったのは、物好きな神父の教会に運良く転がり込めたことだ。それは、彼女が八歳の年のことだった。
そして、賢しい子供であったジャルクは、十を数える頃には読み書きを覚えきり、協会を訪れる信者に聖書を読んでやりお布施を得ていた。
日の出と共に起き、部屋を掃除してから朝のミサに参加する。そして、昼は文字の読めない信者の代わりに聖書を読み、夜は神父と祈りを捧げてから眠る。そんな生活を1000回と少し繰り返した時、ふと彼女は思ったのだ―――世界はなんとつまらない事かと。
つまるところ、彼女は神など信じていなかったのである。
「魔導・・・?」
そんな彼女に転機が訪れたのは、彼女の十二の年、帝国の第一次遠征が終わり皇帝ガストラが民衆に演説をした時のことだった。
皇帝が民衆に披露して見せた魔導の力、―――それは、これまで帝国の主力であった機械兵を容易く葬り去ると地面に大穴を開け、民衆を大層恐縮させた。しかし、それを目にしたジャルクは震え上がった民衆の中同じように体を震わせて、上がった口角を隠す為口元に手を当てた。
なんて素晴らしい力なのだろう。
この日から彼女の生活は変化を見せる。まず朝の清掃後に、帝国兵となるための鍛錬の時間が出来た。次に昼間、聖書の傍らに入隊試験用の参考書が置かれる様になった。そして最後は夜遅く、祈りを捧げる際に考えるのは神ではなく魔導のことばかりだった。
そうして彼女の十六の歳、無事に帝国軍へと入隊し魔道研究とその行使を主とする部隊へと配属される事となった。これは、偏にジャルクの努力の賜物と言えるだろう。
そこには確かに喜びがあったと言うのに、―――現在、ジャルクはこの生活にほとほと飽いていた。
「ジャルク」
「なに?」
未だ研究中である魔道の力は、一兵卒には関わることすらできず、兵士としての訓練と研究所の見回りをするだけの日々。
さらに辟易とするのはジャルクを口説く男達の存在だった。鏡を見たことなどなかったジャルクは知らなかったが、少女は自らが思うよりずっと美しかった。
「今度の休暇のご予定は?一緒に食事にでもいきませんか?」
「・・悪いけど予定が入ってるの」
目の前の男も、ジャルクを口説く男のひとりであった。齢はジャルクよりも五つ以上も年上だが、金糸の髪に翡翠の瞳を備え、整った顔をしたその男は、ナルシストさやお世辞にもいいとは言えない性格をふまえても尚女性には困らないであろう人物だった。また、次期将軍とも噂される魔導師候補の一人であると言う肩書きも彼の魅力の一端を担っていたのかもしれない。
しかし、ジャルクにとっては”魔導師候補”という事以外に留意する点のない、どうでもいい部類の男であった―――このケフカ・パラッツォと言う人物は。
「この私が誘っているのに断るのはあなたぐらいですよ」
「そう、でも私
あなたには興味無いの
私が興味あるのは魔導だけ」
クツリと、ケフカが嗤う。
「なら、尚更あなたは私と共に過ごすべきですね」
馬鹿な事を、そう一笑に付したその言葉をジャルクが理解したのはその1ヶ月後の、魔導注入がいよいよ行われるのだと研究所内がにわかに騒がしくなっていた日のことだった。
魔導注入の被検体にケフカが選ばれ、それが成功したのだと伝えられた。
「(ああ、だから)」
それでも彼女の心に浮かんだのはそれだけである。向上心が強い彼は、その力を出世のために使うのだろう、そう考えたからだ。
―――ドン、爆発音が響いた。研究所の置くからであった。
義務的に駆けつけたジャルクの目の前は唐紅、その中心で赤い白衣の男が笑い声を上げていた。
「くだらん、くだらん、くだらーん!」
翡翠色の瞳が三日月になり、白い顔は笑を形作る。顔に跳ねた血液をぬぐった後が、まるで道化の化粧の様にそれを飾って見せた。
ジャルクは自身の知る男が変わり果てた―――魔導の力を得ただけの狂った男を、これまた狂ったことに、美しいと思ってしまった。
ゆっくり、男はジャルクに近づくと、紅い指先で彼女の頬をなぞりお揃いの化粧を施した。
「ねえ、ジャルクちゃん
僕の側にいてよ」
「・・・ええ、喜んで」
(2017/04/17)