ケフカの私室は、執務室から続く扉の向こう側にあった。
その部屋の壁へ備え付けた棚、天井まで埋め尽くさんばかりにぬいぐるみやら人形やらが詰め込まれ、入りきらない分は床に並べられている。一見きちんと並べられているようで乱雑に放られたそれらのせいで、面積の割に部屋は広く見えない。
「うーん」
そんな部屋の主はまだ化粧の施されていない顔をしかめ、目を開いた。まず天井、次に人形たち、そして最後にこちらを見つめる黒髪の女が目に入る。
それをケタケタと愉快に笑い飛ばし、彼にしては珍しく昨日言った命令を覚えていたのだろう「もう宜しいですよ」と言った。
「分かった
―――おはよう。ケフカ」
とたん金縛りが解けたかのように、ジャルクは体を起こす。
「おはよージャルクちゃん」
それを見ながら自身も体を起こし、くるりと態度を子供っぽく変えたケフカは「手伝ってー」と続けて命令をだす。
「わかった
今日もいつもと同じでいい?」
「うん!」
大きく豪奢な鏡の中にケフカが移り込む。その後にはジャルクの姿。背景の人形たちも相まって、容姿端麗な彼ら二人、まるで絵画の世界だ。
ジャルクは白い指先で、まず彼の金の髪を結い上げる。それをいつもと同じ髪紐で止めると、次は顔だ。彼の好む道化師の化粧は、白粉と紫色の紅そして赤のシャドウで仕上げる。最初は手こずった道化の化粧も、もうすっかり慣れてしまい、ものの三十分もかからず出来上がる。
鏡に移った道化師は浮世離れし、いよいよもって作り物のよう。その顔をケフカ自身も気に入ったのだろう、右に左に顔を動かすと満足げに笑った。
一方で、ジャルクもこの顔が好きであった。彼の纏う絢爛豪華な服に似合うだけではなく、おどけた表情がまたいいのだ。普通ではないと、格好だけで示してみせる。この狂った男にレオのような真顔なんて、つまらない。
「では、次はジャルクの番ですよ」
今度は紳士の声と口調で、ケフカがジャルクに向きなおった。
これはいつもの事で、ケフカがジャルクに身支度を手伝わせ、その後ケフカがジャルクの身支度を手伝うのだ。
まるで人形のように何から何まで彼女に命令をし、世話をさせたりしたりすることをケフカは好んでいた。
それを裏付けるかのように、ケフカは赤く塗った指先で一つ一つジャルクの部屋着のボタンを外していく。ここで彼女自ら動こうものならストップの魔法が飛んでくるのだ。
ゆっくりと彼女の白い肌が表れるのを愉快げに見つめたケフカは、数日前自身がつけた薄桃のキスマークに舌打ち一つ。
「―――ケアル」
消えた桃色に再び翡翠の瞳を三日月にして、いよいよ全部脱がしてしまう。
「やっぱりジャルクちゃんは白いほうがいいよねぇ」
うっとりと言われたセリフに、自分で付けたんじゃなんて言いたいが、言ったら最期だと分かっているのでジャルクは口を噤んだ。
沈黙を肯定と受け止めたケフカはひどく上機嫌で、彼女の服をぬいぐるみの間から取り上げる。その白を基調とした軍服をやっぱり自らの手で彼女に着させ、今度は人形に立てかけてあった紅い軽鎧を彼女に着させると、彼女の支度はおしまいだ。
そして、派手な道化師と紅の騎士が出来上がった。道化師は騎士の頬にキスをひとつ落とすと「行きましょう」とだけ言った。
「うん」
返答は騎士らしからぬ口調であったが、彼は気にしない。彼にとってジャルクはにんぎょうだけど人形ではないのだ。
「今日も僕ちんの側をはなれちゃだめだからね?」
まだ心があった時の歪んだ望みをそのままに手に入れて、道化師は満足そうに笑う。
「ええ、ずっと側にいる―――あなたが破壊と歩む限り」
彼女が魅せられてしまった魔導の力。それを誰よりも強く身に宿した男を見上げ、騎士もまた狂おしいほどの歓喜をたたえ微笑んだ。
(2017/06/20)
くれないいろのお人形
その部屋の壁へ備え付けた棚、天井まで埋め尽くさんばかりにぬいぐるみやら人形やらが詰め込まれ、入りきらない分は床に並べられている。一見きちんと並べられているようで乱雑に放られたそれらのせいで、面積の割に部屋は広く見えない。
「うーん」
そんな部屋の主はまだ化粧の施されていない顔をしかめ、目を開いた。まず天井、次に人形たち、そして最後にこちらを見つめる黒髪の女が目に入る。
それをケタケタと愉快に笑い飛ばし、彼にしては珍しく昨日言った命令を覚えていたのだろう「もう宜しいですよ」と言った。
「分かった
―――おはよう。ケフカ」
とたん金縛りが解けたかのように、ジャルクは体を起こす。
「おはよージャルクちゃん」
それを見ながら自身も体を起こし、くるりと態度を子供っぽく変えたケフカは「手伝ってー」と続けて命令をだす。
「わかった
今日もいつもと同じでいい?」
「うん!」
大きく豪奢な鏡の中にケフカが移り込む。その後にはジャルクの姿。背景の人形たちも相まって、容姿端麗な彼ら二人、まるで絵画の世界だ。
ジャルクは白い指先で、まず彼の金の髪を結い上げる。それをいつもと同じ髪紐で止めると、次は顔だ。彼の好む道化師の化粧は、白粉と紫色の紅そして赤のシャドウで仕上げる。最初は手こずった道化の化粧も、もうすっかり慣れてしまい、ものの三十分もかからず出来上がる。
鏡に移った道化師は浮世離れし、いよいよもって作り物のよう。その顔をケフカ自身も気に入ったのだろう、右に左に顔を動かすと満足げに笑った。
一方で、ジャルクもこの顔が好きであった。彼の纏う絢爛豪華な服に似合うだけではなく、おどけた表情がまたいいのだ。普通ではないと、格好だけで示してみせる。この狂った男にレオのような真顔なんて、つまらない。
「では、次はジャルクの番ですよ」
今度は紳士の声と口調で、ケフカがジャルクに向きなおった。
これはいつもの事で、ケフカがジャルクに身支度を手伝わせ、その後ケフカがジャルクの身支度を手伝うのだ。
まるで人形のように何から何まで彼女に命令をし、世話をさせたりしたりすることをケフカは好んでいた。
それを裏付けるかのように、ケフカは赤く塗った指先で一つ一つジャルクの部屋着のボタンを外していく。ここで彼女自ら動こうものならストップの魔法が飛んでくるのだ。
ゆっくりと彼女の白い肌が表れるのを愉快げに見つめたケフカは、数日前自身がつけた薄桃のキスマークに舌打ち一つ。
「―――ケアル」
消えた桃色に再び翡翠の瞳を三日月にして、いよいよ全部脱がしてしまう。
「やっぱりジャルクちゃんは白いほうがいいよねぇ」
うっとりと言われたセリフに、自分で付けたんじゃなんて言いたいが、言ったら最期だと分かっているのでジャルクは口を噤んだ。
沈黙を肯定と受け止めたケフカはひどく上機嫌で、彼女の服をぬいぐるみの間から取り上げる。その白を基調とした軍服をやっぱり自らの手で彼女に着させ、今度は人形に立てかけてあった紅い軽鎧を彼女に着させると、彼女の支度はおしまいだ。
そして、派手な道化師と紅の騎士が出来上がった。道化師は騎士の頬にキスをひとつ落とすと「行きましょう」とだけ言った。
「うん」
返答は騎士らしからぬ口調であったが、彼は気にしない。彼にとってジャルクはにんぎょうだけど人形ではないのだ。
「今日も僕ちんの側をはなれちゃだめだからね?」
まだ心があった時の歪んだ望みをそのままに手に入れて、道化師は満足そうに笑う。
「ええ、ずっと側にいる―――あなたが破壊と歩む限り」
彼女が魅せられてしまった魔導の力。それを誰よりも強く身に宿した男を見上げ、騎士もまた狂おしいほどの歓喜をたたえ微笑んだ。
(2017/06/20)