「君のその力はなんだ?」
その日、クリスティアはひどく怯えていた。
唯一だった母が死んで早十年。彼女の持つ特別な力の存在は隠していたのに、目の前の貴族の男はその異端な力を言い当てた。
化け物と罵られるのかそれとも見世物小屋にでも連れていかれるのか。
悪いことばかり浮かんで言葉の代わりに涙があふれ出た。
「怯えなくていい」
はっと顔を上げたクリスティアに男の腕が伸びた。
男は優美な笑みを浮かべクリスティアの頬に触れる。
「素敵な力だ」
「・・・っ」
今度はうれしくてクリスティアの瞳に涙が浮かぶ。溢れて零れた涙は地面につく前に小さな菫の花へと姿を変えた。
大好きだった母から受け継いだ、不思議な力を嫌いになってしまいそうだった。この力のせいで私は一人ぽっちなんだと、何度考えた事か。
しかし、目の前のこの人は”素敵”だとそう言ってくれた。
「ありがと、ございます」
「最近機嫌いいねぇ・・・?
さては遂に彼氏ができたんだね」
「かれっ・・・そんなできてないです」
ここは、クリスティアが住み込みで働いているレストランだ。貴族相手のそれではないが、スラムに立っている訳でもない。いたって中流の佇まいは、貴族の邸で働く下男下女を客層としたものだ。
豪奢とは言えないがそこそこ小綺麗な店内を、鼻歌を歌いながら掃除をするクリスティアを見、レストランの女主人はにやりと笑った。幼さの残るクリスティアを引き取って何年か経つが、漸く彼女にも春が来た。しかも、その相手は特段上等だ。
クリスティア同様上機嫌に、女主人は扉へ視線を向けた。もうすぐ”彼”の来る時間だ。
「ほうら王子様の来店だ」
「店長!!―――いらっしゃいませ!」
ぱぁんと景気よくクリスティアの背をたたき、女主人は豪快に笑う。店の入り口にはこのレストランには似つかわしくない風貌の男が一人佇んでいた。
男は色素の薄い髪を腰あたりまで伸ばし、目元に紅を引いた中世的な美男子で、身なりから貴族であるということが見て取れた。男は、きざったらしく前髪をはらうと、ふと柔らかい笑みを作りクリスティアに近づいた。
この行動からも見て取れるよう、この場違いな男がここに通うのはクリスティアが目当だ。また、そんな男に満面の笑みを向けたクリスティアも憎からず彼を思っているのだろう。
「なのにどうして進まないのかねぇ」
共に過ごした年月の分だけクリスティアに肩入れした女主人は、それを遠めに眺め、カウンターへ頬杖をついた。
「クジャさん、今日は何にしますか?」
「いつもと同じものを」
「はい!」
ペコリ!音がしそうなほど勢いよく頭をさげ、クリスティアはパタパタと料理を取りに行った。
「店長、クラブサンドを一つ」
「・・・はいはーい。」
「何ですか?その表情」
「別に」
鼻歌交じりに料理を用意し始める店主。少し時間がかかると彼女に告げれば、慌ててクジャの元へと走って行った。
「すみません少し時間がかかってしまうみたいなんですけれど」「かまわないよ」なんて。
少し困った顔のクリスティアから、そんな会話が想像できる。
少し昼時を外した時間帯だからか、男の他に客はおらず、とうとうクリスティアは男に進められるがまま彼の対面に腰かけた。
「本当、なんでかねぇ」
その様子を見ていた女店主はパン切包丁片手に思わず動きを止めた。
(2017/05/31)
その日、クリスティアはひどく怯えていた。
唯一だった母が死んで早十年。彼女の持つ特別な力の存在は隠していたのに、目の前の貴族の男はその異端な力を言い当てた。
化け物と罵られるのかそれとも見世物小屋にでも連れていかれるのか。
悪いことばかり浮かんで言葉の代わりに涙があふれ出た。
「怯えなくていい」
はっと顔を上げたクリスティアに男の腕が伸びた。
男は優美な笑みを浮かべクリスティアの頬に触れる。
「素敵な力だ」
「・・・っ」
今度はうれしくてクリスティアの瞳に涙が浮かぶ。溢れて零れた涙は地面につく前に小さな菫の花へと姿を変えた。
大好きだった母から受け継いだ、不思議な力を嫌いになってしまいそうだった。この力のせいで私は一人ぽっちなんだと、何度考えた事か。
しかし、目の前のこの人は”素敵”だとそう言ってくれた。
「ありがと、ございます」
00.きっとあなたが王子様
「最近機嫌いいねぇ・・・?
さては遂に彼氏ができたんだね」
「かれっ・・・そんなできてないです」
ここは、クリスティアが住み込みで働いているレストランだ。貴族相手のそれではないが、スラムに立っている訳でもない。いたって中流の佇まいは、貴族の邸で働く下男下女を客層としたものだ。
豪奢とは言えないがそこそこ小綺麗な店内を、鼻歌を歌いながら掃除をするクリスティアを見、レストランの女主人はにやりと笑った。幼さの残るクリスティアを引き取って何年か経つが、漸く彼女にも春が来た。しかも、その相手は特段上等だ。
クリスティア同様上機嫌に、女主人は扉へ視線を向けた。もうすぐ”彼”の来る時間だ。
「ほうら王子様の来店だ」
「店長!!―――いらっしゃいませ!」
ぱぁんと景気よくクリスティアの背をたたき、女主人は豪快に笑う。店の入り口にはこのレストランには似つかわしくない風貌の男が一人佇んでいた。
男は色素の薄い髪を腰あたりまで伸ばし、目元に紅を引いた中世的な美男子で、身なりから貴族であるということが見て取れた。男は、きざったらしく前髪をはらうと、ふと柔らかい笑みを作りクリスティアに近づいた。
この行動からも見て取れるよう、この場違いな男がここに通うのはクリスティアが目当だ。また、そんな男に満面の笑みを向けたクリスティアも憎からず彼を思っているのだろう。
「なのにどうして進まないのかねぇ」
共に過ごした年月の分だけクリスティアに肩入れした女主人は、それを遠めに眺め、カウンターへ頬杖をついた。
「クジャさん、今日は何にしますか?」
「いつもと同じものを」
「はい!」
ペコリ!音がしそうなほど勢いよく頭をさげ、クリスティアはパタパタと料理を取りに行った。
「店長、クラブサンドを一つ」
「・・・はいはーい。」
「何ですか?その表情」
「別に」
鼻歌交じりに料理を用意し始める店主。少し時間がかかると彼女に告げれば、慌ててクジャの元へと走って行った。
「すみません少し時間がかかってしまうみたいなんですけれど」「かまわないよ」なんて。
少し困った顔のクリスティアから、そんな会話が想像できる。
少し昼時を外した時間帯だからか、男の他に客はおらず、とうとうクリスティアは男に進められるがまま彼の対面に腰かけた。
「本当、なんでかねぇ」
その様子を見ていた女店主はパン切包丁片手に思わず動きを止めた。
(2017/05/31)