アーリアが大統領邸に来て数ヶ月が経過した。
今日も今日とて、ぼんやりと眺めるラグナの視線上でアーリアはきびきび動きキロスの手伝いをしていた。元々飲食店を手伝っていたという彼女はなるほど手際がよく、キロスの仕事がはかどってしょうがない。
しかし、この家に彼女を置いているのは手伝わせるためではないのだ。
「(なんとかなんねっかなぁ。なんねぇよなぁ~)」
「ラグナ」
いつ近づいたのかラグナを見上げる彼女。
子供好きなラグナはアーリアに絆されるまで、時間を要さなかった。
わしゃわしゃと彼女の髪をなぜると、困ったように「ラグナ」と呼んだ。
「なんだ!これは!!」
「?」
ある日、ラグナが珍しく声を張り上げた。原因と思わしき書類をアーリアがのぞき込むと、ガーデンの記述とアーリアの顔写真。彼女が初めてみたその書類は、バラムガーデンへの推薦状であった。
わなわなと握りしめられたそれはしわくちゃになっている。
「キロス!」
書類を渡したキロスに、ラグナはくってかかった。
「私たちはこれが、彼女のためだと思うよ
何も傭兵にしようっていうんじゃない
帰る目処が立つまで...少し、エスタから出してあげた方がいい」
さらりとキロスは答えた。彼の後ろでウォードも静かに頷く。
現在エスタはあまりにも閉鎖的で特殊な環境であった。魔女アデルの封印以来一切の外交を絶っていたたからだ。そのことを文官であるキロスやウォードは良く理解していた。
「俺は反対だ
なんでバラムガーデンなんだ
出すにしたって他にあるだろう」
「ガーデン以外に身よりもない者を受け入れる全寮制の学校はないだろう?
それに、」
そこまで言って、キロスはちらりとアーリアを見た。
アーリアは、無表情に見つめ返した。
少しの間無言が続いて、こてりと彼女は首を傾げた。
彼女を見ていればすぐにわかった。彼女はエルオーネのような守られていた少女ではないと。アーリアが装備したままのショートソードはあまりにも使いこまれていた。
恐らく彼女の故郷は安全ではない。ならば、傭兵か軍人か戦闘を行う職業であれば違和感なくすごせるのではないか。
しかし、彼女のことも彼女の故郷もなにも知らないキロスにはそれを言葉にすることは憚られた。
「俺らにはアーリアを守る義務があるだろ」
オダインの監督者は政府だと、ラグナが言う。
キロスが言いたかったことを、ラグナは(この男にしては珍しく)察していた。
でも、それでも。
アーリアの故郷では普通のことであったとしても。
ラグナは少女に剣を握ってほしくはなかった。
それは、あの日守れなかった少女を、女性を、無意識に重ねていたからかもしれない。アーリアは彼女たちに良く似た白い花のにおいがする。
「そうだよ。だから、彼女がこの世界で暮らせるようにするべきじゃないか?
ここは少しばかり特別だ」
「すぐに帰す。だから、必要ないだろ?」
「手がかりもないのにか?」
ラグナはアーリアを手元で守りたかった。
一方で、キロスやウォードは、手元に置くだけが保護ではないと思った。アーリアを元の世界に帰すヒントは見つかっておらず、彼女が問題なく生きていくためにこの世界を知ることは必要だと思った。
なにも傭兵にするわけじゃない。何年か通わせて、退学させるか、SeeDになったらエスタで雇うかすればいい。
それは絶対に帰すと決めているラグナと、帰せないかもしれないと思っている二人の違いで。どちらも正しくて、どちらも間違っていた。
眉間に皺を寄せたラグナと、真剣な表情のキロスとウォード。
平行線の議論に誰も何も言えなくなっていた。
「私がーでん?ってところ通いたいかも」
沈黙を破ったのはアーリアだった。いつ拾ったのか、その手には推薦状。
全寮制で戦いながら学べるその環境は、なるほど自分にぴったりだとアーリアは感じる。
「なんでだ?」
絞り出した声でラグナは聞いた。
「キロスが言ってる事もわかるから。
私、この世界についてなにも知らないし
三人のせいでこっちに来たわけでもないのに、ずっとお世話になってるのは気が引ける」
気が引けるなんてそんなこと、とラグナたちは続けようとした。
「それにいつか帰るから」
はっと、ラグナはキロスを見た。
アーリアははっきりと今、自分とラグナたちの間に線を引いた。いつか帰るなら親しくなってもさみしいだけだ。
もう十分に絆されたラグナと違って、アーリアやキロスとウォードは引き返せた。
お願いと、初めて聞く彼女のわがまま、これならば菓子や玩具を強請る方がましだとラグナは眉間を押さえる。
「俺はなぁ、もう少しアーリアを甘やかしたかったんだけどなぁ
しかたねっか」
逸らされない視線にラグナが降参する。
これは、仕方のないことだった。すぐに帰すは自分が言った言葉だった。
「ありがとうございます」
申し訳なさそうに、アーリアがお辞儀をする。
子供の好きなラグナのことだから、彼女が子供らしくいたならばドロドロに甘やかしていただろう。にっこりと笑うアーリアを思い描いて、虚しさにため息二つ目。不幸が逃げるぞー、なんて思ったところで現実は変わらない。
いつか。
この綺麗な顔をくしゃくしゃにして、太陽みたいに笑う姿が見てみたいと強く願った。
俺が甘やかして、ウォードが抱き上げて、キロスがあきれた顔でそれを見て、その中心でアーリアが笑うんだと。
「ありがとう、だろ?」
敬語禁止令!そう声高に叫び張り紙まで張り出した、それを指差し指摘する。うぐ、と声にならない声を出してから反芻され、及第点と言わんばかりに頭を撫ぜる。
せめてこれくらいは許されていいだろ?
「ラグナは、」
「ん?」
「ううん。なんでもない・・・わっ!」
にっこりとはいかないけれど、今確かにゆるく弧を描いた。衝動的に、出会ったばかりの少女をぎゅっとラグナは抱きしめた。
彼女は笑顔のほうがいい。単純なラグナはもうアーリアを大切に思っていた。
もっと笑ってくんねっかなー、破顔させながら矢継ぎ早に考え、その間もアーリアを抱きしめ続ける。
やっぱりいつか、その綺麗な顔をくしゃくしゃにして。
それは、きっと訪れない未来でも。
願わずにはいられなかった。
(2014/12/25)
(2016/08/16修正)
(2023/11/28修正2)
今日も今日とて、ぼんやりと眺めるラグナの視線上でアーリアはきびきび動きキロスの手伝いをしていた。元々飲食店を手伝っていたという彼女はなるほど手際がよく、キロスの仕事がはかどってしょうがない。
しかし、この家に彼女を置いているのは手伝わせるためではないのだ。
「(なんとかなんねっかなぁ。なんねぇよなぁ~)」
「ラグナ」
いつ近づいたのかラグナを見上げる彼女。
子供好きなラグナはアーリアに絆されるまで、時間を要さなかった。
わしゃわしゃと彼女の髪をなぜると、困ったように「ラグナ」と呼んだ。
01.新たな世界
「なんだ!これは!!」
「?」
ある日、ラグナが珍しく声を張り上げた。原因と思わしき書類をアーリアがのぞき込むと、ガーデンの記述とアーリアの顔写真。彼女が初めてみたその書類は、バラムガーデンへの推薦状であった。
わなわなと握りしめられたそれはしわくちゃになっている。
「キロス!」
書類を渡したキロスに、ラグナはくってかかった。
「私たちはこれが、彼女のためだと思うよ
何も傭兵にしようっていうんじゃない
帰る目処が立つまで...少し、エスタから出してあげた方がいい」
さらりとキロスは答えた。彼の後ろでウォードも静かに頷く。
現在エスタはあまりにも閉鎖的で特殊な環境であった。魔女アデルの封印以来一切の外交を絶っていたたからだ。そのことを文官であるキロスやウォードは良く理解していた。
「俺は反対だ
なんでバラムガーデンなんだ
出すにしたって他にあるだろう」
「ガーデン以外に身よりもない者を受け入れる全寮制の学校はないだろう?
それに、」
そこまで言って、キロスはちらりとアーリアを見た。
アーリアは、無表情に見つめ返した。
少しの間無言が続いて、こてりと彼女は首を傾げた。
彼女を見ていればすぐにわかった。彼女はエルオーネのような守られていた少女ではないと。アーリアが装備したままのショートソードはあまりにも使いこまれていた。
恐らく彼女の故郷は安全ではない。ならば、傭兵か軍人か戦闘を行う職業であれば違和感なくすごせるのではないか。
しかし、彼女のことも彼女の故郷もなにも知らないキロスにはそれを言葉にすることは憚られた。
「俺らにはアーリアを守る義務があるだろ」
オダインの監督者は政府だと、ラグナが言う。
キロスが言いたかったことを、ラグナは(この男にしては珍しく)察していた。
でも、それでも。
アーリアの故郷では普通のことであったとしても。
ラグナは少女に剣を握ってほしくはなかった。
それは、あの日守れなかった少女を、女性を、無意識に重ねていたからかもしれない。アーリアは彼女たちに良く似た白い花のにおいがする。
「そうだよ。だから、彼女がこの世界で暮らせるようにするべきじゃないか?
ここは少しばかり特別だ」
「すぐに帰す。だから、必要ないだろ?」
「手がかりもないのにか?」
ラグナはアーリアを手元で守りたかった。
一方で、キロスやウォードは、手元に置くだけが保護ではないと思った。アーリアを元の世界に帰すヒントは見つかっておらず、彼女が問題なく生きていくためにこの世界を知ることは必要だと思った。
なにも傭兵にするわけじゃない。何年か通わせて、退学させるか、SeeDになったらエスタで雇うかすればいい。
それは絶対に帰すと決めているラグナと、帰せないかもしれないと思っている二人の違いで。どちらも正しくて、どちらも間違っていた。
眉間に皺を寄せたラグナと、真剣な表情のキロスとウォード。
平行線の議論に誰も何も言えなくなっていた。
「私がーでん?ってところ通いたいかも」
沈黙を破ったのはアーリアだった。いつ拾ったのか、その手には推薦状。
全寮制で戦いながら学べるその環境は、なるほど自分にぴったりだとアーリアは感じる。
「なんでだ?」
絞り出した声でラグナは聞いた。
「キロスが言ってる事もわかるから。
私、この世界についてなにも知らないし
三人のせいでこっちに来たわけでもないのに、ずっとお世話になってるのは気が引ける」
気が引けるなんてそんなこと、とラグナたちは続けようとした。
「それにいつか帰るから」
はっと、ラグナはキロスを見た。
アーリアははっきりと今、自分とラグナたちの間に線を引いた。いつか帰るなら親しくなってもさみしいだけだ。
もう十分に絆されたラグナと違って、アーリアやキロスとウォードは引き返せた。
お願いと、初めて聞く彼女のわがまま、これならば菓子や玩具を強請る方がましだとラグナは眉間を押さえる。
「俺はなぁ、もう少しアーリアを甘やかしたかったんだけどなぁ
しかたねっか」
逸らされない視線にラグナが降参する。
これは、仕方のないことだった。すぐに帰すは自分が言った言葉だった。
「ありがとうございます」
申し訳なさそうに、アーリアがお辞儀をする。
子供の好きなラグナのことだから、彼女が子供らしくいたならばドロドロに甘やかしていただろう。にっこりと笑うアーリアを思い描いて、虚しさにため息二つ目。不幸が逃げるぞー、なんて思ったところで現実は変わらない。
いつか。
この綺麗な顔をくしゃくしゃにして、太陽みたいに笑う姿が見てみたいと強く願った。
俺が甘やかして、ウォードが抱き上げて、キロスがあきれた顔でそれを見て、その中心でアーリアが笑うんだと。
「ありがとう、だろ?」
敬語禁止令!そう声高に叫び張り紙まで張り出した、それを指差し指摘する。うぐ、と声にならない声を出してから反芻され、及第点と言わんばかりに頭を撫ぜる。
せめてこれくらいは許されていいだろ?
「ラグナは、」
「ん?」
「ううん。なんでもない・・・わっ!」
にっこりとはいかないけれど、今確かにゆるく弧を描いた。衝動的に、出会ったばかりの少女をぎゅっとラグナは抱きしめた。
彼女は笑顔のほうがいい。単純なラグナはもうアーリアを大切に思っていた。
もっと笑ってくんねっかなー、破顔させながら矢継ぎ早に考え、その間もアーリアを抱きしめ続ける。
やっぱりいつか、その綺麗な顔をくしゃくしゃにして。
それは、きっと訪れない未来でも。
願わずにはいられなかった。
(2014/12/25)
(2016/08/16修正)
(2023/11/28修正2)