もう少しだけ一人占めさせて
デルカダールの近くの森の奥深く、ひっそりとその女は暮らしていた。城下の町では「森にはいると、悪い魔女さんにたべられちゃうんだから」と、城壁の外に無闇に子供が出ていかぬよう脅し文句にされているほど有名な噂であった。
それが噂にすぎないと知ったのは、グレイグが英雄と呼ばれるようになって少し経った頃であった。
森に迷いこんだグレイグを一晩泊めた人物が彼女であり、いかにも一般人らしい彼女が件の悠久の魔女であると知ったときには驚いたものであった。
「怪我をしてるベビーパンサーを助けてたらなつかれてしまったの
それでこの子を飼うことにしたんだけれど、それをみた人たちが魔女の子だって」
おかしいわね。そう笑ってキラーパンサーの喉を撫でた彼女を、グレイグは強い人だと思った。
「あら、グレイグさんこんにちは」
それから数年、未だ魔女と呼ばれる女は、薪を抱えて微笑んだ。重いだろうにわざわざ立ち止まってグレイグを迎えた彼女に、持とうとだけ伝えて薪を奪い去る。
「気にするな」
途端申し訳なさそうにした彼女にグレイグも笑いかけた。いつだって彼女に会うときはひどく穏やかな気分であった。
彼女の小屋の側へ薪を積むと、彼女はなんの迷いもなく彼を小屋へと招き入れた。
年頃の女性なのだしもう少し気にして欲しい。思うも、役得感は否めない。
グレイグ専用となってしまったカップに暖かいお茶がそそがれる。
「今日はおやすみなんですか?」
ぼうっと白い手を見つめていたグレイグは、弾かれるように顔をあげた。
最近疲れているせいか、最近こうしたことが増えた。歳か、とは思わない。悲しいから。
「やっぱりお仕事大変なのですね」
くすりと笑って彼女。
「そんなことはない」
グレイグはすぐさま反論すると、デルカダールの近況について語り始める。それは盗賊を捕まえた話から、同僚がやたらモテる話まで、とりとめは無く多彩だ。決して話がうまい男ではないが、それでも彼女は楽しそうに聞いてくれた。
そして、決まって彼女は
「私も行ってみたいわ」
と、そう言うのだ。
そして、決まってグレイグはその言葉を無視をする。
お茶がなくなって、夕飯までごちそうになって、すっかり日の落ちた頃グレイグは小屋を出発するのもいつものことだ。
「またね」
手を降る彼女。仄暗い影がチラつく表情に、胸がすく思いと、そんなことを考えてしまう後ろめたさがグレイグを襲う。
キラーパンサーと一人で暮らす生活に、彼女は喜んでいるわけではない。魔女ではない彼女は、人並みに孤独を感じているのだろう。そこまで分かっていてもなお。
「リズ、また来る」
「ふふ、嬉しい」
やっと笑った彼女が指を差し出す。どうやら指切りのつもりらしい。
ふれた指は少し冷たく、けれども柔らかかった。後ろめたさに喜びが勝って、約束だとグレイグは笑顔で頷いた。
この手に触れられるうちは、きっとグレイグが彼女をデルカダールに連れていくことはないのだろう。
(2019/07/03)