荒廃した世界。生き残った人々を救出したグレイグが、一番初めに人を探しに入ったのは深い森の中であった。ところどころに瓦礫こそあるものの、森自体は焼けずに残っている。
元々”人など住んでいるはずのないところ”であるから、城の魔物も立ち寄ってはいないようであった。そのことに安堵して、森を進むと、煤けた森のいつもの小道、獣道のようなそれをたどればいつもどおり小屋が見えた。
ああ、無事だったのか。
小屋の扉に手をかけた。その際感た違和感は、常ならばとびかかって来るキラーパンサーがいないから。この辺りも魔物が増えたようだから、狩りにでも出かけているのであろう。そんな希望を抱いたのは、あまりにも小屋の周りが平素どおりだったからだった。
「・・・入るぞ」
そして、グレイグはいつも通りノックをして、ゆっくりと扉を開けた。
「・・・っ」
バケツをひっくり返したような紅に、金色の獣と、一人の女性。
その傷は、明らかに人が―――。
「っ、すまん!」
グレイグが勇者の盾になると誓い、旅に出るというその時に、彼はそう言って走り出した。
そんな彼に驚きつつも、イレブンはグレイグと共に行こうと穏やかに言った。仲間、特にベロニカ辺りは露骨に嫌そうな顔をしたが、リーダーでもある彼の言葉に逆らうようなことはしなかった。
そしてグレイグはデルカダール付近に広がる森の奥にたたずむ小屋を訪れる。
「リズ!」
グレイグが叫んで、小屋の扉を乱暴にたたいた。
「きゃっ」
大声にびくりと肩を震わせたのは、セーニャ。未だ信用しきっていないのだろうベロニカは、杖をかまえるように握ってグレイグをにらみつけた。そんな二人を平気よとシルビアが宥めた。
そのまま誰だとか、説明しろとか言い始めたベロニカに苦笑いをして、「リズ」と誰にも聞こえないようにイレブンは復唱した。
その名前をイレブンは知っていた。
イレブンは、グレイグと二人で城に向かった時この小屋を訪れたことがあった。
その時、小屋の中は人が住んでいるみたいに綺麗に掃除されていたが、誰も住んではいなかった。その代わり、小屋の裏には小さな墓標が二つあって、その片方に刻んであった名前がリズであった。
休みに立ち寄ったはずなのに、グレイグは夜通し墓標の前に佇んでいた。
「―――ん!イレブンちゃん!モンスターよ!」
シルビアの声に、イレブンは意識を目の前に戻した。確かに、キラーパンサーが一匹グレイグに牙を向いている。
大丈夫だ。慌てて剣をかまえたイレブンを抑えたのは、グレイグだった。
「まって!チロル!」
若い女の声がした。呼応するように、キラーパンサーは踵を返して部屋の奥へと姿を消し、入れ替わりで出て来たのは一人の女であった。
ああ、彼女がリズなんだなと、イレブンはそう思った。
「グレイグさん?」
「リズ。君を迎えに来た」
ともに行こう、遠慮なくグレイグがリズの手を引いた。どうしたのですか、とリズが見上げてもグレイグが答えることはない。かわりに、彼女の体を腕の中へと閉じ込めた。
「グレイグ、さん?」
「頼むから、一緒に来てくれ」
実のところ、どうしてなんてグレイグにも分からなかった。ただ、王がウルノーガであったと分かったその時から、どうしてか彼女の元に行かねばならないと思ったのだ。
頼むから。もう一度繰り返したグレイグの頬を一筋の涙が伝う。それを見た、リズもまた涙を流した。
よかったね。そう、イレブンは思った。
あの日、墓標の前でグレイグは泣いていたから。
(2019/07/03)
元々”人など住んでいるはずのないところ”であるから、城の魔物も立ち寄ってはいないようであった。そのことに安堵して、森を進むと、煤けた森のいつもの小道、獣道のようなそれをたどればいつもどおり小屋が見えた。
ああ、無事だったのか。
小屋の扉に手をかけた。その際感た違和感は、常ならばとびかかって来るキラーパンサーがいないから。この辺りも魔物が増えたようだから、狩りにでも出かけているのであろう。そんな希望を抱いたのは、あまりにも小屋の周りが平素どおりだったからだった。
「・・・入るぞ」
そして、グレイグはいつも通りノックをして、ゆっくりと扉を開けた。
「・・・っ」
バケツをひっくり返したような紅に、金色の獣と、一人の女性。
その傷は、明らかに人が―――。
夢にまで見た幸せ
「っ、すまん!」
グレイグが勇者の盾になると誓い、旅に出るというその時に、彼はそう言って走り出した。
そんな彼に驚きつつも、イレブンはグレイグと共に行こうと穏やかに言った。仲間、特にベロニカ辺りは露骨に嫌そうな顔をしたが、リーダーでもある彼の言葉に逆らうようなことはしなかった。
そしてグレイグはデルカダール付近に広がる森の奥にたたずむ小屋を訪れる。
「リズ!」
グレイグが叫んで、小屋の扉を乱暴にたたいた。
「きゃっ」
大声にびくりと肩を震わせたのは、セーニャ。未だ信用しきっていないのだろうベロニカは、杖をかまえるように握ってグレイグをにらみつけた。そんな二人を平気よとシルビアが宥めた。
そのまま誰だとか、説明しろとか言い始めたベロニカに苦笑いをして、「リズ」と誰にも聞こえないようにイレブンは復唱した。
その名前をイレブンは知っていた。
イレブンは、グレイグと二人で城に向かった時この小屋を訪れたことがあった。
その時、小屋の中は人が住んでいるみたいに綺麗に掃除されていたが、誰も住んではいなかった。その代わり、小屋の裏には小さな墓標が二つあって、その片方に刻んであった名前がリズであった。
休みに立ち寄ったはずなのに、グレイグは夜通し墓標の前に佇んでいた。
「―――ん!イレブンちゃん!モンスターよ!」
シルビアの声に、イレブンは意識を目の前に戻した。確かに、キラーパンサーが一匹グレイグに牙を向いている。
大丈夫だ。慌てて剣をかまえたイレブンを抑えたのは、グレイグだった。
「まって!チロル!」
若い女の声がした。呼応するように、キラーパンサーは踵を返して部屋の奥へと姿を消し、入れ替わりで出て来たのは一人の女であった。
ああ、彼女がリズなんだなと、イレブンはそう思った。
「グレイグさん?」
「リズ。君を迎えに来た」
ともに行こう、遠慮なくグレイグがリズの手を引いた。どうしたのですか、とリズが見上げてもグレイグが答えることはない。かわりに、彼女の体を腕の中へと閉じ込めた。
「グレイグ、さん?」
「頼むから、一緒に来てくれ」
実のところ、どうしてなんてグレイグにも分からなかった。ただ、王がウルノーガであったと分かったその時から、どうしてか彼女の元に行かねばならないと思ったのだ。
頼むから。もう一度繰り返したグレイグの頬を一筋の涙が伝う。それを見た、リズもまた涙を流した。
よかったね。そう、イレブンは思った。
あの日、墓標の前でグレイグは泣いていたから。
(2019/07/03)