Eternal Oath

 ジエーゴは手紙を片手に立ち上がり、その拍子に倒れた椅子が大きな音をたてた。手紙には美しい字で、ソルティコに寄ることができたらジエーゴに会いに行きたいと、綴られている。 彼女がソルティコを離れ十年以上が過ぎ、さぞ美しく成長しているのだろう。
ロアが、そうか」
 ジエーゴは、会うのを楽しみにしていると締め括られた文字を何度も指でなぞった。

01.大樹の欠片


「お前は分かってねぇのかも知れねぇがな」
 閉め忘れた自室のドアからそんな声がした。あいつはな大切なやつを失ったばかりなんだと、こちらを慮るジエーゴの言葉にゴリアテは気恥ずかしくなる。中をそっと覗けば、ジエーゴがロアを膝の上にのせていた。
 迷惑だなんてとんでもない。彼はロアに救われていると思っていた。誰も彼もあいつはすばらしかったとか、残念だったと声をかけるなかで彼女だけは普通であった。兄とも師とも慕った騎士を思い出したぶんだけ涙が溢れそうになるが、ソルティコ一の騎士であるジエーゴの息子として気丈に振る舞うことしか許されない。許されないから聞きたくない。悲しくない訳がないのだから放っておいて欲しかった。そして、ロアだけはそれをしてくれていた。
「分かってるもん」
 ロアは膝の上から、ジエーゴを見上げた。以外な返答にゴリアテだけでなく、ジエーゴも押し黙ってロアを見た。

「ゴリアテちゃんは泣けないから騎士のお兄ちゃんの話をしちゃだめなんだよ」
 あたしもママの話聞きたくないもん。あたしが泣くとパパはもっと悲しそうになるんだもん。
 そこまで言ってロアは泣き出した。慌ててジエーゴは頭を撫でる。
優しい人だった、美しい人だった、立派であった、どれもこれも彼女の母が死んだときに揃って口にした言葉だ。だからこそ、 あの子は全部分かっていて、一人で耐えて、そして自分を気遣った。
 ママと泣く彼女を抱き締めたくてしょうがなかった。



「戻りました」
 彼女の涙が止まった頃、なんともない風にゴリアテは自室に入った。
ジエーゴの膝の上少しだけ目元の赤いロアを抱き上げる。彼を見て、はにかむ顔が愛らしいが、抱き締めるのは自重する。

「お待たせ今日は何しようか?」
「おままごと!」
 ジエーゴちゃんがおじいちゃんでね、ゴリアテちゃんが旦那様、グレイグちゃんは、えーと。
「旦那様?ロアの?」
「うん!ロアの!」
 じゃあ、グレイグにはペットの役でもしてもらおうか。
「わんちゃんー!!」
 こうして件の騎士が死んで以来うじうじめそめそしていた大男は犬役が決定した。ロアを見習えと、ゴリアテは内心舌をだした。
「わんちゃんつれてくる!」
 たんと地面に着地すると、ロアは部屋を飛び出していった。


 さて、一方で残された二人の間には微妙な沈黙が揺蕩っていた。
「てめぇ、ゴリアテ
聞いてやがったな」
「さあ?何の事ですか?」
 愛しい妻が犬を連れてくる前に用意をしてしまわなければ。
 素知らぬ風にゴリアテはロアのおもちゃ入れを漁った。


(2017/10/16)