「約束よ」
少女の声がする。それはシルビアが彼女を思い出す時、いつも聞こえるものだった。
その少女の名前はロアと言った。母を亡くし、その悲しみから父がダウン。見かねたジエーゴがロアに手を差し伸べた。その時、元々ロアの父はジエーゴのライバルだっただとか、ロアの母親がジエーゴの初恋なのだとか、色々聞いた気もするのだが残念ながらあまり覚えてはいない。シルビアにとっては、また父が慈善活動をしているとその程度の認識だったからだ。
初めに彼女に抱いた感情は義務感であった。騎士たるもの弱きものを助けるべしと、耳にタコが出来るほど聞いた心得がシルビアの中にもきちんと根付いていたのかもしれないし、騎士の鏡と言われた父の真似だったのかもしれない。
ロアの相手はシルビアの仕事であった。ジエーゴはロアの父の面倒を見たりと忙しかったからだ。
シルビアの鍛錬の時間はきちんと勉強して待っていたロア。お待たせと一言かければ、いつだって笑顔で駆け寄って来た。
故郷を思い出して泣く同輩を慰めたり、ままごとをしたり、鬼ごっこをしたり、そのうち彼女をかわいく思うようになって、気がつけば生活の中心にはいつだってロアがいて。
彼女と出会ってから、夏が来て、冬が来て、また夏が来て、季節が三周ほどした時にロアがデルカダールへ引っ越すのだと聞いた。遠い親戚がそこにいるのだと言う。
ああいよいよ捨てられたのだ。他人であるシルビアですらそう思ったのだから、年の割に聡いロアは尚更であろう。
めったに駄々をこねなかった彼女が、その日は泣きに泣いてシルビアの元を離れなかった。
「やだ!あたし、ゴリアテちゃんと一緒にいる!」
「ロアお嬢様、時間が」
困ったようにロアの家の執事はシルビアを見た。助けてくれと言っているようだ。
面倒ならロアを諦めてくれればいい。そうは思ってもロアをどうこうする権利をシルビアは持ち合わせていないので、仕方がなく彼女の肩に手をかけた。
「ロア」
返事はなかった。だから、もう返事はなくてもいいと思った。
そうしたら今日はあきらめましょうと言える。
そうしたら、もう一日だけ一緒に居れたのに。
「ゴリアテちゃん、あのね、約束、してくれる?」
シルビアを見上げたロアはもう諦めた目をしていた。
「あたしがね、大人になったら結婚しよ
だから、絶対に迎えに来てね」
ロアはぎゅうとシルビアの足に抱き着いた。そして、数秒。
彼女はゆっくりと彼から離れる。
途端、シルビアは胸が詰まって思わず言った。
「絶対に迎えにいく!
僕は、ロアの騎士だから!」
「約束よ」
ゆびきりげんまん。言いながら、空に小指を掲げてロアが笑う。
ロアにとっては寂しさを誤魔化す為だけの約束に違いなかった。いずれデルカダールで友達や家族ができれば忘れてしまうような、とても淡い約束。
しかし、当時二十歳近い年齢だったシルビアは思ったのだ。
その手があったか。と。
ロアをどうこうしたいのなら、その権利を得ればいい。と。
さて、それから16年が経ち、シルビアは自らの騎士道を貫くため旅芸人として世界中を飛び回っていた。
目指すべき道が見つかり、あとはロアがいれば完璧だった。
約束をした。たとえ彼女が忘れていてもシルビアは忘れなかった。
もう一度出会って、もう一度自分を選んでくれたのなら。その時は。
「約束よ。ロア」
ゆびきりげんまん。
空中に小指を掲げ、シルビアは16年越しの指切りをした。
(2017/11/06)
(2017/11/30修正)
少女の声がする。それはシルビアが彼女を思い出す時、いつも聞こえるものだった。
プロローグ
その少女の名前はロアと言った。母を亡くし、その悲しみから父がダウン。見かねたジエーゴがロアに手を差し伸べた。その時、元々ロアの父はジエーゴのライバルだっただとか、ロアの母親がジエーゴの初恋なのだとか、色々聞いた気もするのだが残念ながらあまり覚えてはいない。シルビアにとっては、また父が慈善活動をしているとその程度の認識だったからだ。
初めに彼女に抱いた感情は義務感であった。騎士たるもの弱きものを助けるべしと、耳にタコが出来るほど聞いた心得がシルビアの中にもきちんと根付いていたのかもしれないし、騎士の鏡と言われた父の真似だったのかもしれない。
ロアの相手はシルビアの仕事であった。ジエーゴはロアの父の面倒を見たりと忙しかったからだ。
シルビアの鍛錬の時間はきちんと勉強して待っていたロア。お待たせと一言かければ、いつだって笑顔で駆け寄って来た。
故郷を思い出して泣く同輩を慰めたり、ままごとをしたり、鬼ごっこをしたり、そのうち彼女をかわいく思うようになって、気がつけば生活の中心にはいつだってロアがいて。
彼女と出会ってから、夏が来て、冬が来て、また夏が来て、季節が三周ほどした時にロアがデルカダールへ引っ越すのだと聞いた。遠い親戚がそこにいるのだと言う。
ああいよいよ捨てられたのだ。他人であるシルビアですらそう思ったのだから、年の割に聡いロアは尚更であろう。
めったに駄々をこねなかった彼女が、その日は泣きに泣いてシルビアの元を離れなかった。
「やだ!あたし、ゴリアテちゃんと一緒にいる!」
「ロアお嬢様、時間が」
困ったようにロアの家の執事はシルビアを見た。助けてくれと言っているようだ。
面倒ならロアを諦めてくれればいい。そうは思ってもロアをどうこうする権利をシルビアは持ち合わせていないので、仕方がなく彼女の肩に手をかけた。
「ロア」
返事はなかった。だから、もう返事はなくてもいいと思った。
そうしたら今日はあきらめましょうと言える。
そうしたら、もう一日だけ一緒に居れたのに。
「ゴリアテちゃん、あのね、約束、してくれる?」
シルビアを見上げたロアはもう諦めた目をしていた。
「あたしがね、大人になったら結婚しよ
だから、絶対に迎えに来てね」
ロアはぎゅうとシルビアの足に抱き着いた。そして、数秒。
彼女はゆっくりと彼から離れる。
途端、シルビアは胸が詰まって思わず言った。
「絶対に迎えにいく!
僕は、ロアの騎士だから!」
「約束よ」
ゆびきりげんまん。言いながら、空に小指を掲げてロアが笑う。
ロアにとっては寂しさを誤魔化す為だけの約束に違いなかった。いずれデルカダールで友達や家族ができれば忘れてしまうような、とても淡い約束。
しかし、当時二十歳近い年齢だったシルビアは思ったのだ。
その手があったか。と。
ロアをどうこうしたいのなら、その権利を得ればいい。と。
さて、それから16年が経ち、シルビアは自らの騎士道を貫くため旅芸人として世界中を飛び回っていた。
目指すべき道が見つかり、あとはロアがいれば完璧だった。
約束をした。たとえ彼女が忘れていてもシルビアは忘れなかった。
もう一度出会って、もう一度自分を選んでくれたのなら。その時は。
「約束よ。ロア」
ゆびきりげんまん。
空中に小指を掲げ、シルビアは16年越しの指切りをした。
(2017/11/06)
(2017/11/30修正)