「約束よ、ロア」
呼ばれた名前が酷く心地よいとロアは思った。
郷愁を感じさせるその響きは、祖父や母が自分を呼ぶときのそれに似ている。
王宮から出てきたイレブンたちは、虹色の枝を王家から貰うために、王子の願いを聞き届けるのだとロアに説明した。その願いを聞くためにサーカスへ行くのだとも。
それを聞いたロアがサーカスのチケットを取り出す。
「サーカスってこれかな?」
「え!!?それ、どーしたの?」
「頂いたの、ちょうどよかった」
行くって約束したの。そう楽しそうに話された内容に、それナンパじゃ、とベロニカとカミュは思ったが口をつぐんだ。
「え、なに、誰?」
案外シスコンなのか、それともフワフワした姉が心配なのか、矢継ぎ早にイレブンが聞く。それを見守る二人の視線は生ぬるい。やいのやいのと言っている間に日は傾き、王子との約束の時間が近づいていた。
夜、約束の時間にサーカステントへ向かう。サマディーの王子ファーリスはフードをかぶりテントの前に立っていた。
謁見の時から一人増えていることも疑問に思わず、彼はいそいそと中へ誘う。ロアたちが案内されたのはテントの端、上からステージを見下ろすことのできるテーブル席はそれなりに良い席だった。
ロアが見下ろす中、わあと言う歓声と共に、シルビアが出てくる。華麗にナイフをジャグリングし、火を噴いて見せる。それに目を輝かせたのはロアだけでなく、セーニャやイレブンも同様にステージを見た。
そんな彼女らを引きつけるためにファーリスは咳払いをして自分に集中させる。ちょうどシルビアの芸も一段落し、あたりは喝采に包まれていた。
「今度騎士たちの乗馬の腕を競うファーリス杯って言うレースが開催されるんだ」
「それに、王子様もでられるんですか?」
「ああ」
神妙な様子で頷いたファーリスの顔は青ざめていた。
「まさか」
ファーリスの様子に、察しのよいカミュとベロニカが顔をしかめた。
「僕は、生まれてこの方馬に乗ったことがないんだ!
そんな時にキミが現れた
僕と同じ背格好をしているキミこそ僕の影武者に相応しい!」
二人の予想通り。ファーリスはイレブンの手を取った。顔立ちは全然ちがうものの、確かに二人の背格好はよく似ている。
顔でばれると言う疑問は、当日は顔まで覆う鎧を着ると言う答えで返された。
ずるっこじゃん。そう思わず漏らすベロニカに、ファーリスは虹色の枝の存在をちらつかせる。 そう、どんなに腑に落ちなくても勇者には虹色の枝が必要だった。故に納得できなくともその申し出を断ることはできない。
それはベロニカたちも分かっていたので、それ以上何かを言うことはなかった。
「あの、王子様はそれでよろしいんですか?」
まとまりかけていた話に、口を出したのはロアだった。
「あたりまえだろ!」
彼女のまっすぐとした視線に、ファーリスはほんの一瞬を彷徨わせてそう答えた。
悲しそうに眉をよせて、ロアはそうですかとだけ言う。
話はおわりだと、ファーリスは席を立った。ちょうどサーカスの公演も終わったところで、テントにいた観客たちも減り始めていた。
その流れに乗って一行もテントの外へ出た。
じゃあ、明日レース会場で。
フードを深くかぶったファーリスが手を振る。それに返したのはイレブンとセーニャの二人だけ。
「騎士たるもの、か」
「あれ、ロアさん知ってたの?」
「うん。いいえ、ここで聞いた訳じゃないんだけどね
大変よね」
「でも、逃げてるじゃない」
腰に手を当てぷんぷんとベロニカは怒る。
「うん、そうね」
でも、逃げても楽にはなれないんじゃないかな。
彼の葛藤は皆を騙していることの他に、理想になれないことへの苦しさなんじゃないか。その様にロアは思う。
果たしてそれはその通り。ロアもベロニカたちも知らないがファーリスの私室には、やれ騎士の道やら理想のリーダーやらの本が本棚にぎゅうぎゅうになっているのだ。
ベロニカたちからお調子者で体面だけを気にするお気楽王子に見えたあの性格も、リーダーたるものいつもポジティブであれと言う本の影響である。もっとも、これは今後もロアたちの知ることができないことではあるが。
「それにしても、明日のレース楽しみね」
空気をかえるために、明るくロアが言った。
馬に乗ってるイレブンはかっこいいから、と嬉しそうに続ける。それを受け、照れ、嬉しそうにはにかむイレブンはやっぱりシスコンなのかもしれない。
ベロニカはいら立ちも忘れ、そう思った。
(2020/06/19)
呼ばれた名前が酷く心地よいとロアは思った。
郷愁を感じさせるその響きは、祖父や母が自分を呼ぶときのそれに似ている。
06.連理の枝か
王宮から出てきたイレブンたちは、虹色の枝を王家から貰うために、王子の願いを聞き届けるのだとロアに説明した。その願いを聞くためにサーカスへ行くのだとも。
それを聞いたロアがサーカスのチケットを取り出す。
「サーカスってこれかな?」
「え!!?それ、どーしたの?」
「頂いたの、ちょうどよかった」
行くって約束したの。そう楽しそうに話された内容に、それナンパじゃ、とベロニカとカミュは思ったが口をつぐんだ。
「え、なに、誰?」
案外シスコンなのか、それともフワフワした姉が心配なのか、矢継ぎ早にイレブンが聞く。それを見守る二人の視線は生ぬるい。やいのやいのと言っている間に日は傾き、王子との約束の時間が近づいていた。
夜、約束の時間にサーカステントへ向かう。サマディーの王子ファーリスはフードをかぶりテントの前に立っていた。
謁見の時から一人増えていることも疑問に思わず、彼はいそいそと中へ誘う。ロアたちが案内されたのはテントの端、上からステージを見下ろすことのできるテーブル席はそれなりに良い席だった。
ロアが見下ろす中、わあと言う歓声と共に、シルビアが出てくる。華麗にナイフをジャグリングし、火を噴いて見せる。それに目を輝かせたのはロアだけでなく、セーニャやイレブンも同様にステージを見た。
そんな彼女らを引きつけるためにファーリスは咳払いをして自分に集中させる。ちょうどシルビアの芸も一段落し、あたりは喝采に包まれていた。
「今度騎士たちの乗馬の腕を競うファーリス杯って言うレースが開催されるんだ」
「それに、王子様もでられるんですか?」
「ああ」
神妙な様子で頷いたファーリスの顔は青ざめていた。
「まさか」
ファーリスの様子に、察しのよいカミュとベロニカが顔をしかめた。
「僕は、生まれてこの方馬に乗ったことがないんだ!
そんな時にキミが現れた
僕と同じ背格好をしているキミこそ僕の影武者に相応しい!」
二人の予想通り。ファーリスはイレブンの手を取った。顔立ちは全然ちがうものの、確かに二人の背格好はよく似ている。
顔でばれると言う疑問は、当日は顔まで覆う鎧を着ると言う答えで返された。
ずるっこじゃん。そう思わず漏らすベロニカに、ファーリスは虹色の枝の存在をちらつかせる。 そう、どんなに腑に落ちなくても勇者には虹色の枝が必要だった。故に納得できなくともその申し出を断ることはできない。
それはベロニカたちも分かっていたので、それ以上何かを言うことはなかった。
「あの、王子様はそれでよろしいんですか?」
まとまりかけていた話に、口を出したのはロアだった。
「あたりまえだろ!」
彼女のまっすぐとした視線に、ファーリスはほんの一瞬を彷徨わせてそう答えた。
悲しそうに眉をよせて、ロアはそうですかとだけ言う。
話はおわりだと、ファーリスは席を立った。ちょうどサーカスの公演も終わったところで、テントにいた観客たちも減り始めていた。
その流れに乗って一行もテントの外へ出た。
じゃあ、明日レース会場で。
フードを深くかぶったファーリスが手を振る。それに返したのはイレブンとセーニャの二人だけ。
「騎士たるもの、か」
「あれ、ロアさん知ってたの?」
「うん。いいえ、ここで聞いた訳じゃないんだけどね
大変よね」
「でも、逃げてるじゃない」
腰に手を当てぷんぷんとベロニカは怒る。
「うん、そうね」
でも、逃げても楽にはなれないんじゃないかな。
彼の葛藤は皆を騙していることの他に、理想になれないことへの苦しさなんじゃないか。その様にロアは思う。
果たしてそれはその通り。ロアもベロニカたちも知らないがファーリスの私室には、やれ騎士の道やら理想のリーダーやらの本が本棚にぎゅうぎゅうになっているのだ。
ベロニカたちからお調子者で体面だけを気にするお気楽王子に見えたあの性格も、リーダーたるものいつもポジティブであれと言う本の影響である。もっとも、これは今後もロアたちの知ることができないことではあるが。
「それにしても、明日のレース楽しみね」
空気をかえるために、明るくロアが言った。
馬に乗ってるイレブンはかっこいいから、と嬉しそうに続ける。それを受け、照れ、嬉しそうにはにかむイレブンはやっぱりシスコンなのかもしれない。
ベロニカはいら立ちも忘れ、そう思った。
(2020/06/19)