Eternal Oath

実弟の手前軽々しく口にはできないが、エドガーはずっと弟か、それに準ずるような存在が欲しかった。

エドガーには双子の弟がいたが、双子故弟と言うよりも自身の分身に近い。最近に至っては十年の修行を経て筋骨隆々、見た目だけならばよっぽど彼の方が兄らしい。
ああ、あの可愛らしい彼はどこへやら、いや今でも可愛いは可愛いのだが。

子分ができました


「兄哥!兄哥!」

城の朝、鳴り響いたのは目覚ましでも弟の声でも無く、少女らしさを幾分か含んだ女性の声だった。彼女はゆさゆさとエドガーの肩を揺らしながらしきりに声を上げていた。
一方で揺さぶられた彼は、遠の昔、それこそ彼女が部屋に入ってきた時分より目覚めていたのだが、必死に自分を起こそうとする彼女が可愛くてもう少し狸寝入りを続けることにする。

「兄哥ってば」

弱くなる語尾で八の字の眉が容易に想像できた。

「早くおきないと、叱責を受け―――怒られま、ちまう?」
「―――っくく」

ああ、もう我慢できない。
笑って目を開くとやっぱり彼女は眉を八の字に曲げていた。

「そこは、怒られちまうで合っているんじゃないかな?」
「むぅ、兄哥ってば、起きてたんじゃねぇか」

ごめんごめんと言って、ぽんぽんと頭を一撫で、頬を膨らませ子どものように拗ねる姿も愛らしい。うん。今日も俺の子分は完璧だな、とまだ幾分か微睡んだ頭で考えた。


「おはよう、リタ
「おはようございます!兄哥!」




子分こと―――リタとエドガーの出会いは数ヶ月前に遡る。




「ボス、新入りだ面倒見てやってください」

砂漠に沈んだままになってしまった城を救うため、エドガーが潜入した盗賊団の一週間後輩がリタであり、面倒事を押し付けるように世話を申し付けられた。俺も新人なんだがと言う呟きは流された。
ばんと背を叩くようにして押し出されたその新人は、年齢はティナと同じくらいの、弱々しい白さと細さが印象的な女性であった。煤けてはいるがやけに上等な洋服を着た彼女は、流れるようにエドガーに向かってお辞儀をした。それだけで、そこそこいい家の生まれなのだとはっきり分かる程度には美しい所作であった。
リタと・・・も、言います」
そんな異質さに思わず、ああと生返事。
世界が崩壊した時か、それともその後、裁きの光にやられたか、彼女が盗賊までに身を落としたその原因にケフカが居るのかと思うと心に影が差す。

それを払拭したのは他ならぬ彼女の言葉であった。
「よろしくお願い致します
えっと、お兄さん」
途端、どっと笑い声。エドガーも思わずぷっと吹き出してしまう。盗賊まで身を落として、お兄さんはないだろう。
「おめぇ、幾ら兄貴分だからってお兄さんはねぇだろ
ボスとか、兄哥とかよ、もうちょい締まる呼び方似しとけ」
リタの背を叩いた男が大笑いしながら、もう一度ぱしりとリタの背を叩いた。
「えっと、じゃあ兄哥」
言いなれない風にリタが呼ぶ。
お前面白いなと、エドガーにしては珍しく口説くふうではなく言った。


彼女の仕事は主にエドガーや盗賊団の雑用であり、どんな仕事でも嫌がること無くとにかくまめまめしくいつも走り回っていて、誰にも懐いていたが、殊更エドガーに良く懐いていた。ボスよりも兄貴分と言う思いが強かったのだろうし、面倒を見てくれていると言う恩義の念もあったのかもしれない。何にでも一生懸命で、丁寧で、その丁寧すぎる言葉や態度をからかわれる度アウトロー風に直そうと四苦八苦している姿を、愛らしいとエドガーは思った。あるいは、彼のために修行に出た弟の背を思い出していたのかもしれない。
兎にも角にも、エドガーもそんな彼女をえらく気に入っていた。手放したくないと思うほどに。



彼はそもそも砂の下に埋もれてしまったフィガロを助けるために盗賊団へ入ったのであり、ひょんなことから盗賊団の後を付けていたセリスと実弟マッシュの助けを得て、フィガロを地底に沈めたモンスターを倒し城を浮上させた。その後に盗賊団と行動を共にする謂れはない。むしろ、フィガロ王だとバレる前に盗賊団から消えてしまうことが上策だった。

そして、フィガロ城の地下にて、エドガーは最初で最後の盗みをする。


リタ」―――盗賊団の、一番後ろを歩くその小さな体を竦めとった。



その日からリタはずっとエドガーの弟分で子分だ。


(2017/01/30)