学者の拾い物
「おや、死体」
うんしょ、と声を出しながら持ち上げたのは石板の一欠片。ずしりと重いそれを壊さないように荷車にのせ満足げに頷いたところで、彼女はそれに気が付いた。
黒い。それが最初の感想だった。
そして一拍おいて、それが人間だと気が付いた。
数年前ならばきゃぁと悲鳴の一つもあげたのだろう。しかし、世界が
崩落してからというもの珍しくはなくなってしまった。
さんさんと降り注ぐ太陽の熱が、地面をじりじりと焦がす。ところどころ稲妻が走ったような跡が広がっているのは、裁きの雷のせいだろう。なにせここは、昨日まで裁きの雷を放っていたのだから。
死体ならば捨ておいておこう。死体を持って帰るくらいなら、この石板を持って帰りたかった。きっとそちらの方が人類の発展のためになる、死体は土に返って養分になるし一石二鳥。
冷たい考え方かもしれないが、死体と石板女の腕では二つも運べやしないのだ。
瞬間、ことりと小さな音を立てて彼の周りの瓦礫が転がった。
「・・・、」
「・・・もしかして、生きてる?」
・・・仕方がない、か。
積んだばかりの石板を下して、黒い男を抱え上げる。鍛えているだろう細身ながらもがっしりとした体は見た目よりも重かったけれど、なんとか荷車までひきずった。
邪魔な覆面を取り捨てて、その口にポーションを流し込む。すると徐々に呼吸が大きく深くなり始めた。やっぱりこの死体は生きているのだ。
「こりゃ、また怒られちまうかもねぇ」
空になった瓶をそこらへ放って、よしと一声気合を入れる。
何時もそうだが、戦えない彼女にとって町の外とは恐ろしいものだ。しかもこの黒い男に使ってしまったせいでポーションの類も在庫がない。
荷車を引いてモンスターをよけながら町まで戻るしかない。
「あんたはそれでいいだろうけどねぇ」
もしも失敗しても死に場所が変わるだけだから。
私はまっぴらごめんだと、吐き出した息とともに走り始めた。
命がけのマラソンの始まりだ。
* * *
今生の終わりだと思っていた。
「―――お」
目を覚ました瞬間、彼が目にしたのは木目の天井だった。
ああ、確か昔にもこんなことがあったような。
あの時も大けがをしていて、目を開けたら知らない部屋で。
隣をむけば知らない女が―――
「目さめたのか」
―――いた。
「良かった
これであたしの苦労も報われる
死んじまったら石板持って帰った方がよかったからねぇ」
ああ人類の歴史が!発展が!
叫ぶ女の髪は、金髪では、ない。
彼女のような透けるような美しさもない。
「お前が・・・」
「ああ
見つけちゃったからねえ」
死にかけの人間を放っておけるほど鬼じゃないんでね。
太陽のように笑う女は全然彼女になんか似ていないのに。どうしようもない郷愁が男の胸を穿った。
ああそうだ、忘れてたと女が男の顔をのぞき込む。腰かけていた椅子がぎぃと軋んだ。
「あたしはボニー=ハンナコッタ
あんたは?」
「俺は―――」
開けっ放しの窓から風が入る。白いカーテンが一瞬女と男を遮った。
まだまだ絶望を色濃く残した風景が、窓の外には広がっていた。
「クライド」
「そっか、よろしくクライド」
(2016/05/05)