一等星
時期は春。大学に入学した僕らは、別々の時間を過ごすことが多くなっていた。
だから、最初は好奇心。
驚かせてやろうと、彼女の大学を訪れた。僕と同じ大学ではなかったものの、彼女の大学もそこそこの名門校で、新入部員の勧誘で正門近くはにぎわっていたが羽目を外し過ぎている様子はない。僕はそのことにひどく安心して、咲さんに連絡を取ろうと携帯を取り出した。
授業は来週からだと言っていた彼女。今日は暇だろう。
ディスプレイに表示された” 咲”の字を丁寧になぞって、それをタップした。耳につけた携帯から、電子音がする。
「―――えっと」
「ね、どう!活動は土曜日で、油絵とか水彩画とか・・・画材は全部こっちでそろえてるよ!」
それとは別に雑音一つ。
頭で考えるより先に、僕は携帯をカバンの中に放り込んだ。そして、小走りにそこへ走り寄る。この感情には覚えがあるし、きっと僕の杞憂だなんてわかっている。それでも、僕は彼女の肩に手を置いた。
「え?」―――驚いたように、咲さんは顔を上げて僕を見た。そして、そのあと安心したような照れたようなはにかみを見せる。
「え?え?」
「咲、この人は?」
「え?とき・・・え?」
くるくると目を回して、それでも僕から離れない彼女に満足して、彼女を僕の方に抱き寄せる。そのままその耳に口元を近づける。
「この人は?」
「えっと、美術部の人で、サークルに入らないかって」
うん。入る必要なんかないな。僕はとるに足らない物事だと判断し、彼女をつれて踵を返す。絵をかくようなサークルなんて、この大学ならいくらでもある。あんな、見ず知らずの女に対し、触れられそうな位置で話す男なんかのいる場所にはいかせない。
「あのね、凍季也くん」
「なんだ?」
「あの、肩・・・あと―――」
消え入りそうな声で、恥ずかしいと口元に手を当てた彼女。僕は、肩から手を放して、手を目の前に差出した。何の迷いもなく彼女はその手に手を乗せた。うん、やっぱり杞憂だったのだろう。
それでも。
「どうしてここに?」
「咲に会いたかったんだ」
「―――えっ」
嫌だった、と答えが分かり切っている問いをすれば彼女はぶんぶんと首を横に振った。
「私も、会いたかった!」
(2017/06/25)