「もしもし、巻ちゃん」
「お前か・・・ショ」
掛かってきた電話を無意識に受け取ると、聞こえてきたのは東堂の声だった。頻繁にかかってくる彼からの電話は、どちらかと言えば鬱陶しい。
「お前か!とは何なのだよ!
春だな!巻ちゃん!今日は席替えがあったのだよ!
隣の席は、西野さんと言う女子だ!」
珍しいことだった。東堂が巻島の事ではなく、自分の事を先に話した。その違和感に巻島は電話口で小首を傾げる。
何かあったのかどうか聞くかどうか迷い、やめる。彼の話はいちいち長い。一度聞いたら延々と話されるだろう。
「・・・それは良かったっショ「巻ちゃんはどうだ?学校生活楽しんでいるか?
季節の変わり目だからな!体調には気を付けろよ!
腹を出して寝るなよ!手洗いうがいを忘れる――ぶつっ――巻ちゃん!?巻ちゃーん!!!」
おかしかったのはその一瞬で、すぐにいつもの調子に戻った。母親の様に捲し立てる東堂はやはり鬱陶しく、巻島は聞き終わらないうちに電話を切り溜息をついた。
四月―始まりの季節。学年が上がったり、クラス替えが行われたり、兎に角そわそわと落ち着かない季節でもある。
それは、ここ―箱根学園―でも例外ではなく。三年はクラス替えこそないものの、席替えが行われていた。高校三年にもなって、席替えで異様にざわつく原因の一つはこのクラスにいる”アイドル”の所為であろう。
そのアイドルである東堂も、席替えには心を弾ませていた。元来人とかかわることが好きである東堂は、ファン以外とも話すきっかけである、席替えと言う行事が嫌いではなかった。
また、自分の隣になりたいと女子たちがざわついているのを見ることも好きだった。
そんな席替えの結果、東堂の隣になったのは西野。
東堂のファンではない、どちらかと言えば目立たたない”普通”な部類の女子。
―俺の隣になれるとは幸運なやつめ
そんなナルシスト的思考を巡らせつつ、飛び切りの笑顔で隣を向いた。
「隣同士だな!
よろしく頼むのだよ」
「ん・・・?
ああ、よろしく」
それだけか?
思わずそう聞きたくなるほどあっさりと、無表情のまま、それだけ言って手元のノートに視線を落とした。
最初は、警戒されているのだと考えた。自慢ではないが東堂は、ファンクラブがあるほど目立つ人物だ。それ故これまでも”目立つ”と言うだけで倦厭された事があった。
主に、目立つことが苦手で、東堂のファンクラブでもない大人しめな人物に多い傾向だ。
それでも、東堂が頻繁に話しかけているうちにそれは解けて行った。
「西野さん」
「・・・なに?」
「次の授業は歴史だな!
俺は日本史が一番得意でな、わくわくしてしまうのだよ」
「へぇ・・・」
「西野さん」
「なに?」
「次の授業は「数学だよ」・・・なのだよ」
「西野さん」
「なに?」
「西野さんの趣味はなんなのだ?」
「んー・・・・特にない?かな」
「西野さん」
「ごめん、トイレ行くから」
東堂尽八、高校三年目にして初めて人から向けられた無関心だった。
別に彼女は特別変なわけではない。いたって普通の女子で、東堂を嫌っている訳でも、コミュニケーションに問題があるわけでもない。
昼休みなどは、友達と机をくっつけて、楽しそうに話していた。
ただ、そんな”普通の女子”にトイレに行くなんて理由で会話を断られた事などなく。
その事が酷く、東堂の自信を失わせた。自転車も話も顔立ちも、天は三物を与えたはずなのに、彼女は東堂に欠片の興味も示さなかった。
「ゆみー!」
授業が終わるなり、彼女は鞄を持って、友達のほうへ走り去ってしまう。
その言いようのない虚無感を覆い隠すように。東堂は部活が終わるなり巻島へ電話した。
「もしもし、巻ちゃん」
「お前か・・・ショ」
結果は散々だった。
(2014/11/14)
(2023/06/19 加筆修正)
「お前か・・・ショ」
掛かってきた電話を無意識に受け取ると、聞こえてきたのは東堂の声だった。頻繁にかかってくる彼からの電話は、どちらかと言えば鬱陶しい。
「お前か!とは何なのだよ!
春だな!巻ちゃん!今日は席替えがあったのだよ!
隣の席は、西野さんと言う女子だ!」
珍しいことだった。東堂が巻島の事ではなく、自分の事を先に話した。その違和感に巻島は電話口で小首を傾げる。
何かあったのかどうか聞くかどうか迷い、やめる。彼の話はいちいち長い。一度聞いたら延々と話されるだろう。
「・・・それは良かったっショ「巻ちゃんはどうだ?学校生活楽しんでいるか?
季節の変わり目だからな!体調には気を付けろよ!
腹を出して寝るなよ!手洗いうがいを忘れる――ぶつっ――巻ちゃん!?巻ちゃーん!!!」
おかしかったのはその一瞬で、すぐにいつもの調子に戻った。母親の様に捲し立てる東堂はやはり鬱陶しく、巻島は聞き終わらないうちに電話を切り溜息をついた。
00.もしもし、今日は席替えの日です
四月―始まりの季節。学年が上がったり、クラス替えが行われたり、兎に角そわそわと落ち着かない季節でもある。
それは、ここ―箱根学園―でも例外ではなく。三年はクラス替えこそないものの、席替えが行われていた。高校三年にもなって、席替えで異様にざわつく原因の一つはこのクラスにいる”アイドル”の所為であろう。
そのアイドルである東堂も、席替えには心を弾ませていた。元来人とかかわることが好きである東堂は、ファン以外とも話すきっかけである、席替えと言う行事が嫌いではなかった。
また、自分の隣になりたいと女子たちがざわついているのを見ることも好きだった。
そんな席替えの結果、東堂の隣になったのは西野。
東堂のファンではない、どちらかと言えば目立たたない”普通”な部類の女子。
―俺の隣になれるとは幸運なやつめ
そんなナルシスト的思考を巡らせつつ、飛び切りの笑顔で隣を向いた。
「隣同士だな!
よろしく頼むのだよ」
「ん・・・?
ああ、よろしく」
それだけか?
思わずそう聞きたくなるほどあっさりと、無表情のまま、それだけ言って手元のノートに視線を落とした。
最初は、警戒されているのだと考えた。自慢ではないが東堂は、ファンクラブがあるほど目立つ人物だ。それ故これまでも”目立つ”と言うだけで倦厭された事があった。
主に、目立つことが苦手で、東堂のファンクラブでもない大人しめな人物に多い傾向だ。
それでも、東堂が頻繁に話しかけているうちにそれは解けて行った。
「西野さん」
「・・・なに?」
「次の授業は歴史だな!
俺は日本史が一番得意でな、わくわくしてしまうのだよ」
「へぇ・・・」
「西野さん」
「なに?」
「次の授業は「数学だよ」・・・なのだよ」
「西野さん」
「なに?」
「西野さんの趣味はなんなのだ?」
「んー・・・・特にない?かな」
「西野さん」
「ごめん、トイレ行くから」
東堂尽八、高校三年目にして初めて人から向けられた無関心だった。
別に彼女は特別変なわけではない。いたって普通の女子で、東堂を嫌っている訳でも、コミュニケーションに問題があるわけでもない。
昼休みなどは、友達と机をくっつけて、楽しそうに話していた。
ただ、そんな”普通の女子”にトイレに行くなんて理由で会話を断られた事などなく。
その事が酷く、東堂の自信を失わせた。自転車も話も顔立ちも、天は三物を与えたはずなのに、彼女は東堂に欠片の興味も示さなかった。
「ゆみー!」
授業が終わるなり、彼女は鞄を持って、友達のほうへ走り去ってしまう。
その言いようのない虚無感を覆い隠すように。東堂は部活が終わるなり巻島へ電話した。
「もしもし、巻ちゃん」
「お前か・・・ショ」
結果は散々だった。
(2014/11/14)
(2023/06/19 加筆修正)